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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)10232号 判決

原告

佐藤勉

被告

古田哲夫

被告

菊地信慈

被告

大倉栄衛

右三名訴訟代理人弁護士

平井博也

柴田徹男

今村昭文

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、太陽投資顧問株式会社に対し、連帯して、金二二〇〇万円と、内金二〇〇〇万円に対する昭和五八年一〇月一七日から、内金二〇〇万円に対する昭和六〇年四月一九日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五六年四月二七日から太陽投資顧問株式会社(旧商号は赤坂投資コンサルタント株式会社。以下「AIC」という。)の株式三万二〇〇〇株を有する株主であり、右同日、被告古田哲夫及び同菊地信慈は右会社の代表取締役に、同大倉栄衛は右会社の取締役にそれぞれ就任した。

2(一)  AICは、昭和五六年八月、新日本ポートフォリオサービス株式会社(以下「新日本ポート」という。)に対し、金三〇〇〇万円を貸付け、その代表取締役松橋唯雄から連帯保証を得ていたが、同年一二月ころ、右松橋の連帯保証債務を免除した(以下「本件免除」という。)。

(二)  AICは、昭和五六年一二月一二日、新日本ポートが永代信用組合(以下「永代信組」という。)から金五〇〇万円を借り入れた際、右債務につき連帯保証をした(以下「本件保証」という。)。

(三)  AICは、昭和五七年三月一〇日、新日本ポートに対し、金二〇〇万円を貸付けた(以下「本件貸付」という。)。

3  被告らは、昭和五六年一二月ころあるいは翌五七年三月ころ開催されたAICの取締役会における審議決議等の機会を通じて、共謀のうえ、本件免除、本件保証及び本件貸付をしたものである。

4  新日本ポートは、昭和五六年一二月以降、以下に述べるとおり倒産必至の状態にあつた。すなわち、

(一) AICは、新日本ポートに対し、昭和五五年一二月一八日金七五〇万円、昭和五六年三月一三日金一五〇万円、同月二三日金五〇万円、同月二五日金三〇〇万円、同月三一日金五〇〇万円、同年五月六日金五〇〇万円、同年八月一〇日金三〇〇〇万円、合計金五二五〇万円を貸付けていたが、新日本ポートは、右貸金について全く弁済をしないばかりか、利息すら全く支払つていなかつた。

(二) また、AICは、昭和五五年七月三日、新日本ポートが永代信組から金六五〇〇万円を借り入れた際、右債務について連帯保証をしていたが、新日本ポートは、永代信組に対する右債務の弁済を遅延しており、昭和五七年四月五日当時残元金は金五一八〇万円であつた。

(三) 新日本ポートは、昭和五六年一〇月、創業以来の最高の売上高三二〇〇万円を達成したが、当時既に約二億円の負債を抱えていたうえ、その後は売上高も減少の一途をたどつており、同年一一月の売上高は一八〇〇万円、同年一二月が一六〇〇万円、翌五七年一月が一〇〇〇万円、同年二月が八〇〇万円と激減している。

(四) このような情況下で、新日本ポートは、昭和五六年一二月以降、その営む投資顧問業の業務に欠くことのできない電話の通話料金の支払いを遅滞するようになり、また同年一二月分の源泉徴収所得税や社会保険料の納付もできない状態にまで陥つた。

5  被告らは右3の各行為当時、右4(一)ないし(四)のとおり新日本ポートが近い将来倒産することが必至であり、その結果新日本ポートに対する貸付金及び求償権が回収不能になることを十分認識していた。したがつて、被告らは、松橋の連帯保証債務を免除すべきではなかつたにもかかわらずあえて本件免除をして債権保全を怠り、また、新日本ポートの債務について保証すべきでなかつたのにもかかわらずあえて本件保証をしてAICの保証債務を発生させたものであつて、これらの点にAICに対する忠実義務違反があるといわなければならない。また、本件貸付は、新日本ポートの破産申立費用又は申立てに関連する費用を用立てるためなされたとみることができるのであつて、事の性質上当然に回収が不能となるものであるから、本件貸付をしたことがAICに対する忠実義務違反になることは明らかである。

6  新日本ポートは、昭和五七年四月五日当裁判所に対し、破産の申立てをなし、同裁判所は、同月七日、新日本ポートに対し、破産宣告をした。この結果、AICの新日本ポートに対する債権の回収は不能となり、AICは、本件免除、本件保証及び本件貸付にかかる合計二二〇〇万円の損害を被つた。

7  そこで、被告らは、AICに対し、連帯して、右損害額二二〇〇万円を賠償すべき責任がある。

8  原告は、AICに対し、昭和五八年七月三〇日到達の書面で本件免除及び本件保証について、昭和六〇年三月六日到達の書面で本件貸付について、それぞれAICにおいて被告らに損害賠償を求める訴を提起するよう請求したが、AICは右各請求から各三〇日を経過したにもかかわらず訴を提起しない。

よつて、原告は、商法二六六条一項五号、二六七条二項に基づき、AICのため、被告らに対し、連帯して、金二二〇〇万円と、内金二〇〇〇万円については被告らに対する訴状送達の日の後である昭和五八年一〇月一七日から、内金二〇〇万円については請求の趣旨変更申立書の送達の日の翌日である昭和六〇年四月一九日から各支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払うよう求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、(一)及び(二)を認め、(三)を否認する。

3  同3の事実は否認する。

4  同4の、新日本ポートが昭和五六年一二月以降倒産必至の状態にあつたとの主張は争う。

5  同5の事実は否認する。

6  同6の事実のうち、原告主張のとおり新日本ポートが破産の申立てをし、破産宣告を受けたことを認め、その余は否認する。

7  同8の事実は認める。

三  被告の主張

1  AICは、昭和五六年一一月二八日以前は訴外株式会社赤坂グループ事務所(以下「AGO」という。)、新日本ポート等一〇数社とともに、株式会社エンタープライズ・グループ・オブ・サトウ(以下「EGS」という。)の傘下にあり、原告は、EGSの代表取締役としてその企業グループ(EGSグループ)の総帥の地位にあつた。原告は、EGSグループ各社の業務をコントロールするために、EGSとグループ各社との間で顧問契約を締結させ、各社の重要事項については全て原告において経営指導の名の下に判断とコントロールが出来るようにしていた。ことに、EGSグループ各社間における融資や金融機関からの借入れについては必ず事前に原告の指示か承認を必要とすることとされていた。

2  本件免除について

AICが新日本ポートに対して三〇〇〇万円を融資したのは、そもそも原告からAICとAGOに対する指示として、この両社が一五〇〇万円宛計三〇〇〇万円を新日本ポートに融資するよう要請されたことに基づくものであり、当時AGOがその資金繰り上ただちに新日本ポートに一五〇〇万円を融資することができなかつたため、とりあえずAICが三〇〇〇万円融資することにしたものである。従前からEGSグループ内での貸借については個人保証を付さないことがグループ内での慣行となつていたが、三〇〇〇万円のうちの一五〇〇万円分については本来AGOが負担すべきものであり、新日本ポートの代表取締役松橋はAGOの出身であつたことから、AICは、三〇〇〇万円の融資の際、松橋との間で、とりあえず松橋が連帯保証をすることとするが、後にAGOが一五〇〇万円の融資を実行し、新日本ポートからAICに一五〇〇万円が返済されたときには、右慣行の精神にのつとり松橋の右連帯保証債務を免除する旨合意した。また、原告は、松橋が連帯保証をしたことを知つてからは、AICに対し、松橋の個人保証債務を免除するよう強く指示していた。

このようにして、本件免除は、連帯保証契約締結の際のAICと松橋との合意に基づくものであるうえ、AICの属するEGSグループの総帥であつた原告の強い指示に基づくものであるから、被告らに取締役としての忠実義務違反があるとはいえない。

3  本件保証について

AICは、本件保証をなす際、新日本ポートに対し、五〇〇万円の借入金の返済方法について説明を求めたところ、新日本ポートは、営業所を当時使用していたビルからより狭い所に移転して業務を続行し、返還を受けるビル保証金の中から返済する資金を捻出すると回答したため、ビルの保証金は二〇〇〇万円あつたところから返済は確実であろうと判断して本件保証をなしたものであり、被告らには何ら注意義務に違反するところはない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1、2(一)(二)及び8の各事実並びに新日本ポートが昭和五七年四月五日破産の申立てをして同月七日破産宣告を受けたことは当事者間に争いがなく、原告が右8の各請求から各三〇日を経過した後に本訴の各請求に及んだことは当裁判所に顕著である。

二1  前記当事者間に争いがない事実に、〈証拠〉を総合すると以下の事実が認められ、〈証拠〉中右認定に反する部分は前掲証拠に照らしたやすく措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告は、EGSの代表取締役であつたが、EGSの傘下にAIC、AGO、新日本ポート等一〇数社の会社がEGSグループと称する企業群を構成して運営されていた。EGSは、右各社との間で顧問契約を締結しており、原告は、経営指導の名の下に右各社の業務を統括していた。また、右各社は、原告を会長とする清伸会という任意団体に加入しており、原告は、清伸会会長として加盟各社間の人事の交流、各社内部の人事の異動等について指示し右各社の人事権をも掌握していたほか、各社と社主契約を締結しており、原告は、これらを通じてEGSグループ各社の実権を握つていた。原告は、毎月一回EGSグループ各社の部長以上の者が出席する全体会議を主催し、グループ各社から前月の営業及び経理の状況の報告を受けていたほか、各社に派遣したEGSのスタツフから各社の状況について逐一報告を受けていた。これに対し、グループ各社は、各社の経営について独自に決定する余地はほとんどなく、EGSないし原告の承認、指示のもとにはじめてこれを行うことができたのであり、各社はEGSや原告の意向や指示を無視できない立場にあつた。

(二)  AICとAGOは、原告の指示に従つてEGSグループ内の各社に対し融資をしていたが、その際にはAICとAGOは、同一の割合で協調融資をするのが通例であつた。EGSグループ内で融資がなされる場合には、物的担保や個人保証はとらないのが慣行であり、不文律と考えられていた。右の融資に対し返済がなされないことが多かつたが、返済を要求することは原告の意向に反するため事実上不可能であつた。EGSグループ内では原告の指示、意向に反対したため地位の降格と減給を命ぜられた例や左遷された例があり、原告には逆らえないのが実情であつた。

AICは、EGSや原告の指示を受けて、新日本ポートに対し、昭和五五年一二月一八日七五〇万円、昭和五六年三月一三日一五〇万円、同月二三日五〇万円、同月二五日三〇〇万円、同月三一日五〇〇万円、同月五月六日五〇〇万円をそれぞれ貸し付けたが、元利金ともその支払を受けたことはなかつた。

(三)  新日本ポートは、株式等の投資顧問業を営む会社であり、その月間売上高は昭和五六年四月ころまでは一二〇〇万円から一五〇〇万円位であつたが、同年四月下旬以降原告の直接の指揮のもとに広告宣伝費を増やし、従業員も増大するなどして業務の拡大政策をとつたところ、相場環境の上昇と相俟つて新日本ポートの業績は上昇し、同年一〇月には創業以来最高の約三二〇〇万円の売上高を達成した。

(四)  新日本ポートは、その間の昭和五六年八月、原告の強い指示に基づき、拡大路線の一環として、東京都中央区日本橋一丁目にあつた事務所を、より床面積の広い同区日本橋兜町所在の貸ビルに移転することとしたが、入居の際の保証金その他の移転費用として必要な三〇〇〇万円を、原告の指示により、AICとAGOが協調して融資することとなつた。しかし、その時点ではAGOにおいて一五〇〇万円の貸付金を捻出することができなかつたため、AIC、AGO及び新日本ポート間で、当面AICが三〇〇〇万円を単独で融資し、後にAGOが一五〇〇万円を融資した際に、右金員をAICに対して支払い、当初からの協調融資という形をとつたことにするという合意がなされた。そして、AICは、同月一〇日、新日本ポートに対し、松橋を連帯保証人として三〇〇〇万円を貸し付け、新日本ポートは、右金員を新社屋の差入保証金二三七〇万円やその他の移転費用、同社の運転資金等に使用した。

(五)  原告は、昭和五六年一〇月ころ、松橋に対し新日本ポートの拡大政策の一環として大阪出店を指示した際、松橋から新たな資金需要が生じたとしても既にAICからの前記の三〇〇〇万円の借入れについて個人保証をしているためこれ以上個人保証の余力がない旨の説明を受け、松橋が連帯保証をしていることを知つた。そこで、原告は、直ちに、AICに対して、EGSグループ内の慣例に反して松橋に連帯保証をさせた理由を問い正したうえで、松橋の個人保証をはずすように指示した。この指示を受けたAICでは副社長の被告菊地と社長の被告古田らが協議し、AGOから新日本ポートに対して一五〇〇万円の融資がなされAICに同額の返済があつた際に松橋の保証債務を免除することに決定し、松橋にもその旨を伝えた。

(六)  AGOは、昭和五六年一二月ころ、前記(四)の合意に基づき、新日本ポートに一五〇〇万円を融資したので、右金員は直ちに新日本ポートからAICに支払われ、その際本件免除がなされた。

(七)  AICとAGOは、昭和五六年一一月ころ、原告の支配から脱しようとして原告と対立し、同月二八日ころ、原告との社主契約及びEGSとの顧問契約を解除し、清伸会からも脱退した。

(八)  新日本ポートでは、EGSグループの中心的存在であつたAIC及びAGOの両社とEGSグループの総帥であつた原告との関係が全面対決状態となつたことや、同年一二月に入つて新日本ポートの発行済株式の総数六万株のうち一万六〇〇〇株を所有する大株主である原告がその所有の全株式を処分する意向を示したことから、社員の間に動揺が広がり、また株式市況も悪化したことも伴つて、売上高は同年一一月が約二七〇〇万円、同年一二月が約一七〇〇万円と減少したが、経費は月間約二五〇〇万円が必要であつた。このため、新日本ポートは、同年末の賞与支給に必要な資金五〇〇万円を自力で調達することができなかつたが、従業員の志気を高め業績を建て直すためには賞与の支給は必要であると判断し、一二月一二日、AIC及びAGOの連帯保証(本件保証)を得て、右五〇〇万円を永代信組から借入れたうえ、従業員に賞与を支給した。本件保証の際、AICでは、新日本ポートから収支の状況等の説明を受け、被告らは、取締役会を開き、新日本ポートは同年一一月も単月で黒字を計上していること等から本件保証を了承し、その旨の決議をした。

(九)  新日本ポートは、原告に対する関係ではAIC及びAGOと同様の態度をとることとし、昭和五六年一二月二五日ころ、EGSとの顧問契約を破棄し、清伸会も脱退した。一方、原告は、翌五七年一月から新日本ポートの役員を個別に呼び出したり、事務所を訪れ従業員に辞職を促すなどの行動をとつた。このようなこともあつて新日本ポートの業績はその後も低下し、売上高は同月が約一三〇〇万円、同年二月が約八〇〇万円であり、負債総額は同年一月三一日の時点で約二億二〇〇〇万円、債務超過額は約一億四〇〇〇万円となつた。このような情況下で、AGOは、同年一月一〇日、新日本ポートに対し、一旦支援の打切りを通告した。これに対し、松橋らは、同年二月一七日、新日本ポートの取締役会を開き、業績を回復するため今後は縮少路線をとり、事務所を同区日本橋小網町所在のより狭い場所に移転し人員も削減して経費を節減したうえで営業を継続していく方針を固め右移転を前提とした三ケ年事業計画を立案してこれをAIC及びAGOに示した。

(一〇)  新日本ポートは、顧客との応待や顧客に対する投資情報の提供サービス等その営業活動の大半を電話を通して行つており、電話は営業に不可欠であつたが、昭和五七年三月上旬の時点で電話料金の未払額が約七〇〇万円に達しており、電話料金の未払を続ければ通話が停止され、営業活動が壊滅的打撃を受ける事態にたちいたることが明らかであつたが、新日本ポートではその支払資金がなかつた。そこで、新日本ポートは、AICとAGOに対し、右料金の支払にあてるため、それぞれ二〇〇万円の融資方を要請し、その返済計画については、同社の縮少合理化により今後業績を上げて返済を期するが、それができなくなれば縮少計画に伴う社屋の移転により現在の社屋の保証金二三七〇万円の返済を受けその中から支払う旨説明した。被告らはこの要請を了承し、同月一〇日AIC振出の金額二〇〇万円の小切手を新日本ポートの管理部長高橋利典を通じ同社に交付して、同社に右金額の貸付けをし、同社はこれと別途AGOから借り受けた二〇〇万円とをすべて前記電話料金の支払いにあてた。

(一一)  新日本ポートは、その後も資金繰りに追われ、昭和五七年三月末には約三〇〇〇万円の支払を迫られていたが、主力金融機関であつた永代信組やAIC及びAGOからも追加融資を断わられ、他の金融機関等の支援も得ることができず、右支払が不能となつて、同年四月五日、東京地方裁判所に対し、自己破産の申立てをし、同裁判所は、同月七日、新日本ポートに対し、破産宣告をなした。

2  前記一記載の当事者間に争いがない事実及び右二1認定の事実によれば、本件保証及び本件免除がなされた時点において、新日本ポートは多額の負債を抱え、業績も低下している状況下にあり、更に本件貸付の時点では業績の悪化が一層顕著となり、その約一か月後には破産宣告を受けるに至つているのであるから、本件保証、本件免除及び本件貸付は外形上は新日本ポートに対する債権の回収が不能となる危険性が存している状況下においてなされたものと見られないでもなく、この点にのみ着目する限り、取締役たる被告らの行為に会社の利益からみて疑問とする余地がなかつたとはいいきれない。

しかし、現実に回収不能の危険性があつたか否かの判断は、負債の内容、返済計画、営業内容等の諸事情を総合的に考察して慎重になされるべきものである。しかもかかる経営上の判断についてはその性質上危険が伴うのは避けられないものであり、その判断により結果的に会社に損害をもたらしたとしても、その当時の事情を基礎として通常の経営能力を有する経営者からみて明らかに不合理なものと認められない限り忠実義務に反するとはいえないものと解するのが相当である。

3  そこで、右の見地に立つてさらに検討するに、まず、本件免除については、前記二1認定の各事実によれば、AICの新日本ポートに対する三〇〇〇万円の融資はもともと原告のAICとAGOに対する指示に基づくものであり、しかも右融資については、AGOの事情によりとりあえずAICがAGO負担分を含め三〇〇〇万円全額を融資するが、後AGOが新日本ポートに一五〇〇万円を融資したときに新日本ポートは右金員をAICに返済し、当初からAICとAGOの協調融資の形にするとの合意が関係当事者間でなされていたこと、原告は松橋が右融資につき個人保証をしたことを知り、AICに対し、これがEGSグループ内での融資における慣例に反していることを指摘して、松橋の個人保証を解くよう指示したこと、そこで被告らは、EGSグループ内の慣行と原告の意向を尊重して、昭和五六年一二月にAGOが新日本ポートに一五〇〇万円を融資し新日本ポートからAICに一五〇〇万円が返済されたときに松橋の保証債務の免除をしたこと、新日本ポートは同年一二月ころには前記認定の昭和五七年一月三一日時点での負債総額、債務超過額から推して相当額の負債を抱えていたものと認められるけれども、昭和五六年一〇月には創業以来最高の約三二〇〇万円の売上高を達成しており、その後も同年一二月までは従前の売上高を上廻る売上高を維持していたこと、以上の各事情が認められるのであつて(なお、新日本ポートが同年一二月当時倒産必至の状態にあつたとの原告の主張を認めるに足りる証拠はない。)、本件免除はその対象となる松橋の連帯保証がEGSグループの慣行及びグループ各社の実質上のオーナーである原告の意向に反するものであり、被告らは原告の指示に従つてこれを解除したにすぎず、これに右の新日本ポートの経営の状況を合わせ考えれば、被告らが本件免除を決定、実行したことが当時の諸般の事情からして直ちに経営者の判断として明らかに不合理であつたとはいえない。したがつて、本件免除をしたことについて被告らに忠実義務違反があつたということはできない。

4 次に、本件保証については、保証をした当時の新日本ポートの経営の状況はほぼ時期を同じくする本件免除について右に述べたところと同様であり、倒産必至という事態に至つていたわけではないのであるから、本件保証をすることを決定した被告らの判断が当時の諸般の事情からして経営者の判断として明らかに不合理なものであつたということはできず、被告らに忠実義務違反があつたとの原告の主張は採用することができない。

5  本件貸付については、前記二1の認定事実によれば、当時の新日本ポートの経営の状況は昭和五六年一二月当時よりも更に悪化しているものの、被告らは、新日本ポートから再建計画について説明を受け、投資顧問業における電話の重要性、新日本ポートが示した社屋の移転を含む再建のための合理化計画や、収益により返済ができない場合は社屋の移転により返還された保証金により返済するとの返済案を検討したうえで本件貸付を決定、実行したものと認められるのであつて、同一グループ内の関連会社として共存共栄を図るべき間柄のことであるうえ、その金額も不相応に巨額であつたわけではないことを合わせ考慮すると、本件貸付が経営者としての明らかに不合理な判断に基づくものであるとまではいうことはできないから、この点についても、被告らに忠実義務違反ありとすることはできず、原告の主張は理由がない。

三以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官藤井正雄 裁判官山下寛 裁判官古部山龍弥)

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